退去時の原状回復義務と借主の善管注意義務
アパートなどを借りた際は、賃借人は明け渡しの際に自ら設置したものがあれば取り除かなくてはいけません。
つまり、借りたときと同じ状態に戻さなければいけないわけですが、これを原状回復義務といいます。
ただし、ここでいう原状回復というのは、古くなったものを取り替えたり、新品に交換して返却しなければいけないという意味ではなく、通常の使用をしていたら当然生じるであろう損耗については、そのままの状態で返却すればOKです。
なぜなら、建物が年数と共に古くなるのは当然のことでなので、経年変化や自然の損耗・劣化による価値の減少分は、毎月の賃料収入によってカバーされるべきであると考えられているからです。
また、賃借人は借りた物件を善良な管理者の注意をもって保管する義務があり、これを善管注意義務といいます。
もし、これに違反して、賃借人の行為が原因で壊したりしてしまえば、それについては賠償しなければいけません。
ところで、契約書の中で、通常の使用に伴う損耗分も賃借人の負担とするような特約があった場合にはどうなるでしょうか。
この点については、平成17年に最高裁が判断を下し、
「賃借人が負担する原状回復義務には、特約のない限り、通常損耗は含まれないので賃貸人が負担すべき」
とされました。
一方で、契約自由の原則から、これと異なる特約をさだめることは可能とされました。
しかし、そういった特約は賃借人に予期せぬ負担を強いることになるので、成立するための条件は厳しく制限され、特約の中で賃借人が負担することになる通常損門の範囲を明確に規定している必要があります。
よって、契約書で明らかにされていない場合は、賃貸人が口頭で説明し、それを賃借人が正確に理解したことが認められる場合に限られます。
現実的には、こういった特約が有効になるハードルはかなり高いので、賃借人が負担する通常損耗の範囲をよほど明確にし、賃借人に納得させたうえで契約しないと、特約自体の有効性が否定されることがほとんどだと思われます。
また、仮に、その特約が有効だとしても、その内容が消費者契約法や公序良俗に反すると判断される可能性もあるので、基本的には通常損耗については賃借人が負担することは少ないと思われます。
建物の賃貸借では、契約終了の際に賃借人は部屋を原状に回復して返却する必要があり、これを原状回復義務といいます。
クロスの張り替え費用を例に挙げてみます。
契約書には「クロスの張り替え費用は借主の負担とする」という条項があったと仮定します。
まず、こういった特約があれば、いかなる場合でもクロスの張り替え費用を賃借人が負担しなければいけないのかどうかが問題となりますが、いかなる場合にも交換費用を賃借人に負担させるという特約は、通常損耗に関しても賃借人に負担させることを意味します。
通常損耗による価値の減少分に関しては、すでに賃料に含まれているので、別途、通常損耗分も負担させると、二重の負担を賃借人に負わせる結果となります。
そのため、平成17年の最高裁判決では、通常損耗分を負担させる特約を原則的に認めませんでした。
ただし、例外的に賃借人が通常損耗の範囲を明確に認識し、それを了解したうえであれば成立するという判断をしているので、単に契約書に上記のような特約があるだけでは、クロスの張り替え費用を借主の負担させることはできません。
では、どういった場合に、借主が費用を負担しなければいけないかをみていきます。
まず、自然な色落ちの場合です。
クロスは、年月が経てば自然に色落ちするのは当たり前なので、この場合には借主が負担する必要はありません。
次は、冷蔵庫を置いていた場所にみられる電気焼けですが、冷蔵庫は生活必需品ですから、その設置個所付近のクロスが電気ヤケを起こすのは通常のことです。
よって、この場合も借主が負担する必要はありません。
では、結露でカビが発生した場合はどうでしょうか。
そもそも、結露などが発生する原因は、建物の構造上の問題であり、借主が漫然と放置したような事情がなければ、基本的に費用を負担する必要はありませんが、こどもが油性マジックで落書きをしてしまった場合等は、一定程度の費用を負担せざるを得ないでしょう。
ただし、その場合でも、張り替え費用の全額を負担するかどうかは別問題です。
国交省が定めたガイドラインでは、新品に交換する場合でも、借主が負担する部分と貸主が負担する部分があり、その割合はその物の経年変化や減価償却を考慮して決めるべきであるとしています。
たとえば、カーペットやクロスであれば、設置から6年で価値が1円になるとされているので、子供が落書きしたとしても、すでに6年以上経過しているクロスであれば、そもそも残存価値が1円なので借主の負担は1円で済むことになります。
同様に、自分が入居したときに新品のクロスで、入居後3年で退去する場合は、張り替え費用の50%を負担すればOKです。
このように、通常損耗を超える毀損や汚損であっても、経過年数や減価償却を考慮して費用を負担することになるので、仮に、新品に交換することになっても、必ずしもその全額を負担しなければならないわけではありません。
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